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行ってきます 

2011/03/25
Fri. 23:41

      JUGALの写真には本当に感動し感謝で一杯の気持ちです20110323dsc_3832.jpg


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    感謝の気持ちをまたメールしましたら
返信を頂きました
    「大変な渦中に喜びとなってたくさんの力を得て下さったとの話を聞いて

私は両方とも満足で嬉しいですね^ ^ * 」と、ありがとうございます

     さてそんな中ですが明日ちょっと実家へ行ってきます
     全くジフンとは関係ないお話ばかりなので
     折りたたみます
      明日は母の一周忌 父の33回忌 祖母の23回忌の法事
      最初は今日から日曜日までの予定でしたが
      予期せぬ大震災 その後の計画停電などでここ2週間は休む間もなく
      また職員の家族の件(電話はいつも両親からかかってくるのではと待っているので
      いつもメールですが一番被害の大きかった地域のようでした。生存者がほとんどいないので
      絶望的なようです。 助かった人に話が聞けたようですが突然黒い壁のような津波が
      襲い あっと云う間にのみ込まれたらしいと でもまだ確認がとれたわけではないので
      一縷の望みを持っているようですが最悪な事を考えると両親がどんなに辛かったんだろう
      とばかり考えそれでも家族の事は何とかやらなければと思っても仕事にはとても
      行けないと 落ち着くまで待ちますよとだけ伝えました)

      思えば私も父の時は10代でした。
      元旦の朝車でバイト先に送ってもらい「少し頭が重いから帰りはもう少し近いところで
      待っていて」これが最後の言葉で昼過ぎに脳動脈破によるSAH(くも膜下出血)で
      自ら「頭の血管が切れたようだ」と吐きながら救急車を手配し病院へ
      駆け付けたときはもう意識がなく元旦だったので時代のせいもあり
      手術するのに医師を招集できず翌日2日には医師を招集し手術をと云っていましたが
      明けた2日の3時過ぎには帰らぬ人となりました。
      解剖し家に向かう途中雪が激しくなり例年にない大雪に見舞われた年でした。
      あれから33年父の年を越してしまいいつもどんなおじいちゃんになっていたんだろうと
      思います。
      母は父を亡くし苦労はしましたが厳しく激しい性格でした。
      次女が一歳の頃夏に帰省時駅まで迎えに来てくれましたが歩き方がおかしく
      また表情がなく仮面様顏貌ではと思いパーキンソンを疑い「一度神経内科を受診した方が
      いいのではと」と勧めましたが「毎月内科に受診しているのに一回もそんなこと言われない
      余計なこと言わないで」と一蹴されてしまいその一年後に主治医から神経内科受診を
      勧められ結局パーキンソン病の診断で徐々に病状が進行し7年近く寝たきりの状態でした。

      7年前に食事が嚥下困難となり胃婁の術後一時的にショック状態となり危篤となり
      一週間付き添い回復しましたが年々徐々意識レベルもおち身体も拘縮が強くなり
      弱ってきて昨年には帰らぬ人に

      祖母は優しい人でした。父が亡くなったあと母を支えお腹が張るからと病院受診した時は
      すでに癌の末期で余命あと一ヶ月と云われた時仕事を一週間休み付き添いましたが
      腎臓系の疾患で尿意が近く何度も尿意を訴えるのがすごく悪そうで「夜中に何度も起こして
      ごめんね」とすまなそうに言っていたのが印象的でした。その一ヵ月後亡くなり
      別れる時の顔は今でも目に焼きついています。


      嫁いでからも嫁ぎ先の祖母こちらは100歳で大腿骨頚部骨折で(ぺースメーカーが
      入っていましたが)100歳以上のopeは初めてと主治医に云われながら手術し
      順調に回復し車いすの生活ながらも孫の嫁には負けられないといっていましたが
      103歳になる少し前に老衰で入院し亡くなりました。
      前日面会時にはほとんど話すことは出来なかったのに私の顔を見るなり
      「懐かしい人に会えて嬉しい」とそれが最後の言葉でした。
       翌日には脳出血を起こしたのか麻痺が出現し意識がなくなりそのまま静かに
       息を引き取りました。
       舅は心臓の病気でしたがこちらも自覚症状がなくちょっと酸素が外れると
       すぐに苦しくなるのに病院を脱走しては家に帰りたいと駄々をこね
       孫である娘達がお見舞いに行った翌朝僧帽弁の破裂であっと云う間に
       意識がなくなり次女は大好きなおじいちゃんだったのでかなりショックは大きかった
       ですが最後はきちんと見せないとと思い最後の臨終まで家族で見送りました。

      養母の最後は一番辛くまだ自分の中で消化できない部分もあります
      今でもどうしてあげたらよかったのか答えは見つかりません。
     
       明日の準備にちょっと都心まで買いものに出かけ新大久保に予約していたものが
       届いたと連絡を昨日貰ったのでとりに行ってきました

       今日は活気に溢れ開店しているお店もたくさんありました

    2011032516170000.jpg
   先日のお店も開いていました

     2011032515430000.jpg

   

     希望が見えてきたような気持ちです
     計画停電のGわけもまた決まりとりあえず26、27日は影響なそうなので
     明日日帰りの予定でしたが一泊し両親のお墓でゆっくり語ってきます



     まだまだ大変ですが自分なりに頑張っていきます
     では行ってきます
          
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コメント

こんにちは♪

おかえりなさい♪

ジフニの素敵な姿を見る事ができて❤
スーツ姿ですし❤
首もきれいだな~
除隊後がどんな髪型にするのかな~
など 想うことが沢山です。

お父様はまだお若かったのですね・・

今回の大災害でも家族をなくされた方の姿を
TVでみるたびに・・胸が締め付けられます。
ご主人の遺品にホワイトデーのプレゼントが
入っていたお話をTVでみました。
「ありがとう」も伝えることもできない
その悲しみ・・切なすぎますね・・。

来週末はもう4月!!
忘れてはならない3月となりました・・。

michyan #9dedrvto | URL | 2011/03/26 13:04 * edit *

こんばんは♪

sonoままさん、こんばんは♪

実家に行かれていたのですね^^

毎日、震災された方々の様子を見たり、話を聞くと心が締め付けられるおもいですね;;

sonoままさんの貴重なお話ありがとうございます。
sanoままさんはたくさんのご家族の最期を見送ったのですね。
家族とのお別れは辛いですが・・・
旅立たれた方はsonoままさんに見送られて嬉しかったでしょうね。
それって、とっても素敵なことですね♪

悲しみの渦中の人に「がんばって!」というのは良くないみたいですが・・・

ジフニペンの私達はジフニで元気をもらって、頑張らないとですねv-290

ふら #- | URL | 2011/03/26 21:54 * edit *

ただいま♪

michyanさん ただいま

今日夕方戻りましたv-231
すごい雪で高速道路も吹雪いてて前が見えないほどでした
色々忘れられない3月ですが自分にできることから始めてみます

私もホワイトデーのプレゼントの新聞で読みました
何気ない毎日を大切にしていきたいですね

ジフニを通じて知り合えた縁も大切にして除隊後
待ちましょうねv-22

sonoまま #NLJharc2 | URL | 2011/03/27 23:23 * edit *

ただいま(*^。^*)

ふらさん ただいまv-448

新潟も3月とは思えない雪と寒さでしたが
被災地も寒いのだろうなと思うと確かに胸が締め付けられますね
ふらさんのところは揺れはどうですか

毎日帰りが遅く日用品が買えず困っていたので
帰りにスーパーにも寄って買い物もしてきました

余震も落ち着き一日も早い復興と犠牲者の方々のご冥福を祈るようですね
ジフニを通じて知り合えた方達にも早く笑顔が戻ることを
ここから情報を発信しながら待つようですね

sonoまま #NLJharc2 | URL | 2011/03/27 23:31 * edit *

遅くなりました。

sonoままさんの今までのお父様やお母様お婆ちゃまとの関わり方をお聞きして勉強になりました。

わたしも息子の結婚式のために主人の父と実家の両親がやってきましたが
義父は両足のアキレス腱を切っているので歩行が困難です。
それでも車椅子はいやみたいでゆっくりでも杖をつきながら歩いていますし
実家の父に酸素ボンベが離せません。
ふたりの世話に慣れていませんのでずっと気を張っていていささか疲れました。

周りの方々を見送るってことがどんなにたいへんなのかを身を持って感じた4日間でした。

andy #- | URL | 2011/03/28 01:27 * edit *

おはようございます^^

andyさん おはようございます

andyさんも昨年から悲しい出来事も有りましたが
息子さんの晴れ姿をおじいちゃま おばあちゃまに見せることができて良かったですねv-259v-254
何よりのプレゼントで活力になったと思いますよ

実家の母の箪笥、写真などを整理したら跡取り娘だったので何代前かわからない
着物 写真がたくさんあり元気なころに話を聞いておけばよかったと思っています(皮肉なことに養母からは養母の家の写真は何回も説明受けていたので100年以上前の養母の祖父母から伯父伯母さま達の顏まで分かるのに)

andyさんご自身のお身体も労りつつご両親様お義父様大切になさってくださいね

sonoまま #NLJharc2 | URL | 2011/03/28 05:56 * edit *

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